サイエンスアゴラ2013

インタビュー

千葉県立中央博物館 林 紀男先生に聞く
 「水草の場が演出する生き物の『にぎわい』」

聞き手:北村 徹(一般会員)

「生物多様性の保全」というと言葉は簡単ですが、その対象範囲は一人で抱えきれるような問題ではありません。どのようにして、「生物多様性の保全」を理解していくかについて、千葉県立中央博物館の林紀男先生に話をお聞きしました。

林先生は、普段から小学生への普及啓発活動に力を入れておられ、とても優しくわかり易い解説をして頂きました。「生物」だけではなく「場」が重要であること、「生物多様性」を「生きもののにぎわい」として理解することなど、長年にわたり各地で野外調査を続けている専門家ならではの考え方に目から鱗が落ちた気がします。インタビューさせていただいた日は、ちょうど10月31日から2月14日まで開催の、秋の展示「水草」の準備の真っ最中でした。合わせて、水草展に込めたメッセージもお聞きしました(インタビューは2015年10月20日に実施しました)。


北村:本日はよろしくお願いします。まずは基本的な質問ですが、生物多様性という言葉について、どのように理解していくのが良いのでしょうか。

林 紀男先生

林先生:手つかずの自然が一番という原生自然至上主義だと、栽培漁業や園芸といった生業、里山自然などを全て否定してしまいます。あまりにも厳しい考え方は現実的ではないと思います。人の価値観はそれぞれなので、自然を利用する生業に関係している人達の意見も理解しなくてはいけないのではないでしょうか。例えば、私が調査対象としている淡水域の水辺環境では、かく乱が少なくなっているのが問題になっています。水辺の植物は環境のかく乱をも生活スタイルに取入れていますが、かく乱が消失することで芽生え期の水没や、生長期の光量不足といった問題が生じて、このような植物は生き延びることが出来なくなってきているのです。

北村:確かに、水辺の生物にとってかく乱が無いというのは厳しいですね。

林先生:その通りなんです。でも、利水の視点では、かんがい期には水が無いと困りますし、治水の視点からは水位を下げておく必要があります。かくらんが生じないように利水や治水をすることが重要なんです。利水、治水と漁業、環境保全とのかねあいを、どのようにとっていくかが大きな問題ですね。その他にも水質の問題があります。最近では農地の土壌が流出して過剰な窒素やリンが水辺環境に流れてしまう面源汚濁負荷という問題が顕在化しています。でも、その原因を農家の方達に押し付けていても問題は解決しないと思います。

北村:人間の生業と生物多様性の保全、そのバランスが重要ということですね。

林先生:生物多様性を保全するには、場つまり「すみか」を確保することが重要です。この「場」の多様性を考えてみると、水辺の環境では水草が重要な鍵を握ります。水草の持っている住処提供効果で、水草の周りにミジンコなどが増えてくると、高次捕食者も次々と集い食物連鎖を通して物質循環が活性化します。私は生物多様性ではなく、「生きものたちのにぎわい」という言葉を使っていますが、「にぎわい」は水質浄化にも役立ちますし、食物網を複雑化させるので生態系の安定化も期待できます。生物種の多様性を高めるためには、「場の多様性」を確保し、「生きものたちの調和」をはかることが重要ではないでしょうか。特定の生物が異常に増殖した状態で安定してしまっている場は数多くありますが、調和していることとは別だと考えます。

北村:生物多様性を高めるだけでなく、調和が重要ということですね。生物多様性保全の目的というのは、どのように理解すれば良いのでしょうか。

林先生:普遍的な「こうあるべき」という姿は無いのではないでしょうか。人間の生業を含めた日々の生活も生態系要素のひとつなので、原生自然が最高だという考え以外の考え方があってもいいでしょう。人間の影響下にある里山自然でも調和していれば良いと思います。もちろん原生自然が大事な地域もあるし、自然より治水等を優先せざるを得ない地域もあります。地域ごとに関係者が、あるべき姿を考えていくべきだと思います。

北村:生物多様性を保全する目的を一般化するのではなく、地域毎に地域の人達で生物多様性保全の目的を考えることが重要だということですね。では、農業や漁業にたずさわっていない、一般住民の方達はどのように生物多様性の保全に関わっていくべきでしょうか。

林先生:生物多様性を保全するための負担を生産者に一方的に押し付けては、なかなか上手くいきません。また、農業や漁業に携わっている生産者と、一般住民のような非生産者の双方が、自分の言い分をぶつけ合っても解決できるものではありません。共通認識を持った上で、生物多様性保全のために取れる手段のメリットとデメリットを話し合う場が必要です。お互いに認識を共有するためには、丁寧に問題点を洗い出し、話し合いの場を設定することが大切だと思います。地域ごとに問題や事情は異なっているので、ある地域で成功した事例を、別の場所でも同様にやれというのは乱暴ではないでしょうか。

北村:生物多様性への関わり方が異なる人達で、認識を共有していくということが重要なのですね。子供たちは、どのように関わっていけば良いでしょうか。

林先生:生物多様性に関する教育や普及啓発活動は、現役世代の大人達にも重要ですが、若い世代、特に子供達にこそ重要です。子供達を通じて、親世代に生物多様性への理解を浸透させていくことも効果的です。もちろん、出前授業などで小学生に生物多様性の話をしても、具体的な内容は忘れてしまうかもしれませんが、大事なのは異なった視点の植え付けだと思います。「目に見えている自然の中に、実は観ていないこともある」ことに気がつくことが大切なんです。生物多様性を大人の考えで定義づけして、これが正解ですと子供達に押し付けるのは間違いだと思います。

北村:子供達の関わりも重要だということですね。それでは、もう少し具体的なテーマとして、外来種問題に関する対策ついて教えて頂けないでしょうか。

林先生:外来種は悪いものだから排除しろ、ではなく、外来種は天敵がいないために異常増殖してしまい、周囲の調和を乱しているので、どうしても間引かなくてはならないといった考え方の方が良いと思います。ただし、単に外来種対策として捕獲して廃棄するのではあまりにも悲しいので、有効利用する方法を見出して、人間が捕食者となって自然環境に調和させる方法があれば良いですね。たとえば、アメリカザリガニ、ウチダザリガニ、ブラックバスなどは、食材としても有用です。現実的には難しいのかもしれませんが、漁業による換金システムを考えて、漁業者が外来種対策としてではなく、生業として捕れるようになれば、おのずと調和、収束に向かうのではないでしょうか。

北村:アメリカザリガニなどは、既に多くの人に外来種として認知されていますが、一般に知られていない外来種、特に林先生の御専門である水生植物の場合には、どのような対策があるでしょうか。

林先生:現状では手の出しようが無いですね。ナガエツルノゲイトウやミズヒマワリなどの水生植物ように、人間の社会活動によって移入し分布域が拡大した植物を排除するには大きな労力が伴いますし、そもそも勝手すぎると思います。先程も言いましたが、外来種も駆逐する一方で良いわけではありません。自然環境の調和を乱すのが悪いのであって、どのように調和を取るかが問題なのです。もちろん、「ここだけは入ってほしくない」という場所については、積極的な駆除をするべきです。特に外来種が入ってきた初期の段階は、分布域の拡大を未然に防ぐためにも徹底的に対応すべきです。ただし、初期は密度が低く発見しにくいうえ、一般市民では外来種か在来種かわからないものが多いのが問題ですね。また、開墾や土地整備で新たにリセットされた土地は、外来種がパイオニアとして入ってきやすい場所ですが、複雑な生態系を構成する本来の自然環境には、外来種が入り込む余地が限られます。そこで、外来種が浸入しにくい「場の多様性」が重要になります。単純な都会の生態系は不安定で、外来種が入り込むニッチだらけです。

北村:既に自然環境に調和してしまっているような、古くから侵入している外来種の場合には、一方的に排除すべきだと考えるのではなく、自然環境のバランスを乱さないよう調和させられないか、という視点からも考えてみるのが現実的ということですね。「自然環境の調和」という視点は、生物多様性を保全していくのに、とても重要だと思います。とても勉強になりました。その他にも、生物多様性を保全していく上で重要な視点はあるでしょうか。

林先生:在来種であっても従来の生息域外への無頓着な移入も問題です。全国では少なからぬ団体が、独善的な価値観で活動を行っています。ホタルの導入、観賞用ハスの植え付け、コスモスの播種等を良いことだと信じて疑わず、その行為が後に及ぼす影響に対する視点が欠けている例が数多くみられます。その行為によって、自然環境の調和が乱されないのか、常に異なった視点で物事を見るということが、とても大事になります。

北村:今後、保全活動を進めていく上でのアドバイスを頂けないでしょうか。

林先生:達成感の得られる市民参画型の活動にすることが重要ではないでしょうか。市民参画を促すには楽しくなくてはだめですが、楽しむためには達成感が必要です。達成感と一体感、連携が心地よい、といった感覚をどう演出するかが課題になると思います。また、独りよがりな価値観で活動する前に、視野を広げて情報を取り入れてほしいと思います。自然保護一辺倒で「原生自然が最高で人里自然は許しがたい」という考え方では、自己否定になってしまいます。

北村:たしかに、楽しく生物多様性の保全活動に参加してほしいですね。

林先生:もう一つ、例えば外来種であるナガエツルノゲイトウやミズヒマワリを駆除する活動の場合には、これらの水草がどのような植物で、何のために駆除するかを参加者が理解することが必要です。このような活動に動員をかけられて、仕方なく参加する方達が多いような状態では、行事としては成り立ちますが、外来種問題の啓発にはなっていません。外来種の駆除活動の成否は参加者数で推し量れるものではなく、問題を理解してくれる参加者が何人できるかが大事なんです。もちろん、言われて仕方なく参加した人に対して、気づきのきっかけが与えられたら大きな成果になります。

北村:最後に、水草展(平成27年10月31日(土)〜平成28年2月14日(日))の準備を進めていく中で、ぜひ来館者に感じてもらいたいメッセージなど、水草展に込めた思いなどありましたら教えて下さい。

林先生:博物館の水草展では生物学的な系統分類による展示となるのが普通ですが、今回の企画は水草を生活形ごとに展示して、系統分類は説明していないんです。水草はあるように見えて、実は沈水植物のほとんどが絶滅している状況が各地にみられます。水草は「場」を提供し、水草があることで「生きもののにぎわい」が生まれるということを感じてもらいたいですね。「にぎわいと調和が大事だよ」展の題材として水草を切り口として使っているんです。

北村:水草展で多くの方が林先生のメッセージを受取り、「生きもののにぎわい」に気づくと思います。貴重な話を聞かせて頂きまして有難うございました。

 










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